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Don't worry, be happy!

つれづれなるままに日々のよしなしごとを綴っています

【「ムカッ」「イラッ」賢くリベンジするコツ】


仕返しを企むと、相手のことを繰り返し考え続けることになります。
仕返しを考えなければ、相手のこともあまり考えずに済みます。
仕返しは調和ではなく、害を引き起こすものです。
もし前者を選び、仕返しを行おうと思うなら、ポジティブな変化をもたらすものである確信が必要です。

 

POINT!
・戦わないことを選ぶ
・より「いいひと」になる(少なくともそう見せる)

 

戦うことで得られるものは、往々にして大した成果ではないものです。

であれば、もっと別のの気持ちを浮き立たせてくれることに意識を向けた方が、プラスに作用するはずです。

怒りに支配された自分の心は、醜く、後ろ向きであることを客観的に感じることです。

【Nonviolent Communication】非暴力コミュニケーション

【Nonviolent Communication】非暴力コミュニケーション


感情のままにリアクション(暴力)をしない

1、ありのままの状態を認識する
たとえば、夜中に隣の部屋から音楽が聞こえてきたとしましょう。
普通私たちは、「こんな時間にうるさいなあ」と思いますよね。
でも、NVCテクニックでは、「現在午前2時。隣の部屋から大音量の音楽が聞こえてくる」と、自分の評価を加えない認識をするんだ
そうです。

2. 自分の感情に名前を付け、相手の感情についても考えてみる
たとえば、同期が先に昇進し、今自分の中に沸き上がった感情は、嫉妬? 怒り? くやしさ? 
また、映画を見て涙が出たのは、悲しかった? 感動した? やりきれない気持ちだった? 
今度、自分の中に何かの感情が生まれたときには、その感情に名前を付けてみませんか。

3. その感情の根底にあるニーズを考えてみる
その感情がなぜ生まれたのかを考えてみましょう。

4. 具体的にどうして欲しいのかを伝える
感情とニーズがつながったら、周囲に対して自分の要求を具体的に伝えることができます。


アンガーマネジメント、ですね。

怒りを怒りとして表出するのは子供と一緒です。

怒り、という感情を飼いならすことができれば、怒りの感情に自分自身が踊らされることがなくなります。

我慢するのではなく、コントロールする、支配下に置く、そうやって自分自身は感情に振り回されることなく中庸を保てるようになりたいものです。

大山徳広ければ、禽獣争い帰し、薬毒雑わり生ず

空海 心の言葉】

 大山徳(だいせんとく)広ければ、禽獣(きんじゅう)争い帰し、薬毒(やくどく)雑(まじ)わり生(しょう)ず。
(「秘蔵宝鑰」より)

【意訳】
 大自然の中では動物たちが争い、薬草も毒草も一緒になって生えている。

【解説】
 この世の中では、動物たちが生きるために争ったりしているし、薬草も毒草も区別なく生息していて、そうしたものをこの世は認めて許しています。

このように、この世はこだわりなくすべてのものを許してくれていて、私たちはそうした広い心を持った世の中で許されて生かされているのです。

このように自分も、自分以外のものも許されているのに、なぜ自分自身はありのままの今の姿を許せないのでしょうか。

 「こうあるべき」というこだわりは、人間の個性をつくりだしますが、同時に苦しみのもとにもなります。

この世の苦しみは「自分の思い通りにならない」ことから生じます。

「こうしたい」、「こうなりたい」という自分の思いがあるのに、実際にそうなっていない現実があり、そのギャップに苦しむわけです。

 こだわりは人を動かす原動力になりますが、行き過ぎると「そうならなかったら自分はダメ」「自分は幸せではない」となってしまい、自分の幸せのハードルを自ら上げてしまいます。

これは、執着なのです。そして、強い執着は自然の流れに逆らって前に進もうとするので、せっかくうまくいっている流れを壊してしまうことがあります。

向上心はとても大切なことですし、目標に向かって突き進むことも素晴らしいことです。
 しかし、そのことに縛られすぎて本来の自分らしさを見失っていないか、単なる執着になっていないか、常に自分自身を見つめ続けていく必要があると思います。

「こうなることが私の幸せ」と思い込んでいる自分の枠組みの外に、本当の幸せがあったりするのです。

向上心とこだわりを持ちながらも、そのことに執着をしない。

そうした心で取り組んだとき、自分の望んだものが自然と向こうからやってくるのです。

 

 

追記:備忘録。

過去に心に響いた言葉をメモで置いておく癖があるのですが、これもその一つ。

こうして転記することを目的とはしていなかったので、著者は不明なままです。

ただ、空海のこの言葉は有名で、検索してみるとたくさんの記事が出てきます。

句の最後が「生ず」ではなく「生う(おう)」となっているものもあります。

 

人間社会における浄化行動について

浄化行動に共通する恐ろしいことは、"何をしても正義の名のもとで正当化されてしまう"という点である。

たとえば、万引きや飲酒運転などをtwitterでうかつにもつぶやいてしまった若者たちに対するネットユーザーの浄化行動は凄かった。
その人の個人情報を特定し、就職内定先に連絡をし、所属する大学からの退学を促す行動にまで出ている。

すごく宗教的な浄化行動ではないだろうか。

なぜ(ネットユーザーの一部の)人は、そこまでするのか。

生物学的視点でひとつの仮説をたてると、「自分が支持した考え」「自分が信じる価値観」というのは、生きる戦略そのものだからだ。

生きる戦略というのは我々生き物にとってとても重要だ。

その戦略を間違えると死んでしまうのだから。

そこで、我々人間はみんな、人生の中で「こうやって生きていくのが正しい」というものを学び、それを信じ、それに従って生きている。

そこに自分とは違う戦略を持つものが現れると、自分が信じるものが揺さぶられる。「お前の生き方は間違っている」と。
生き物としてとても重要な部分が揺さぶられるから、無意識のうちにそれを恐れ、排除したい、自分の方が正しいことを認めさせたい、そういう気持ちが働くのではないか。

人間とは、いったんある考えに染まり、その考えを支持すると、それ以外の考えを排除したくなる生き物なのだ。

根っこにあるのは、自分の考えと違うものを攻撃する、そういう意識だと思う。
ある意味、人間の免疫機能と似ている。

自分以外のモノ、すなわち"異物"を全力で排除しようとする。
人間は基本的に自分とは違うものが怖い。

なぜならば、自分を破滅させるかもしれないから。

テレビがよくネット上の人々に浄化行動を起こされているのは、テレビが彼らの信念と違う考えや主張を発し、なおかつ彼らの信じる世界を汚す力をもっているからだろう。

浄化行動はこれからもあらゆるところで起こり続ける。

だが、実は免疫機能にはトレランス(免疫寛容)という、簡単に言えば異物を許すというかスルーする機能もある。
たとえば、食べ物は異物だけど、食べても免疫機能は働かない。 

トレランスは重要な機能で、それが狂えば体調が悪くなる。
アレルギーの主な原因のひとつがそれだ。

だから本当は、何でもかんでも排除するのはよくないのだ

ただし、それを声高に主張することは危険である。

なぜならば、そうすることによってわが身が浄化されてしまうおそれがあるからである。

 

追記:

備忘録です。

昔、ネットで見つけた記事に加筆しました。

著者は定かではありません。

ご存知の方がもしいらっしゃればお教えくださいますと幸甚です。

出会いは偶然か必然か

https://www.instagram.com/p/BFyUknmuz2n/

紅茶のシフォンケーキ

※写真と本文は全く無関係です。。

 

運命論者ではない。 

けれど、何か、見えざるものによって導かれていると
感じることがある。

自分と触れ合う人たちは
前世でも何らかの縁があった人かも知れないと思う。
けれど、それを証明する術はない。

日本で、外国で、
ネットで、現実で、
形はどうあれ、自分が生きてる限り
誰かに出会い、誰かの影響を受け
誰かに影響を与え、
時には人生まで左右される、
左右してしまうこともある。

神は、
その人にとって解決出来ない問題をお与えにならない。

何か問題に直面した時
それは伸びるチャンスだし
それは必ず解決できるはず。

そうわかっていても
凹む事って
あるんだよなぁ・・・

目の前の扉を押し開くのは
自分の手しかない。

 

 

追伸:

現在適応障害という病気で自宅療養をしている。

思いが溢れてどうしようもなくなる時がある。

焦りだったり、失望だったり、喜びだったり…

文字にするって消化する、消火する、昇華する、

すべてに当てはまる気がしてならない。

意気込みにかえて…w